インド東部のシミリパル・トラ保護区では、他の地域とは異なる特徴を持つトラが生息しています。
トラの約半数が、「擬似メラニズム(pseudo-melanism)」と呼ばれる遺伝子変異を持ち、縞模様が太く黒く見えるのです。
この希少な「ブラックタイガー」を撮影し、ナショナルジオグラフィック誌の表紙を飾ったのが、写真家で探検家のプラセンジート・ヤダフ(Prasenjeet Yadav)氏です。

ヤダフ氏は写真家になる前、インド国立生物科学センターで分子生物学を学んでいました。
同センターの分子生態学者ウマ・ラマクリシュナン(Uma Ramakrishnan)氏の研究室で、初めてブラックタイガーの存在を知ったといいます。
研究者からフィールド写真家へと転身した後も、ラマクリシュナン氏らがトラの黒化の遺伝的要因を解明したことを知り、「科学と写真を融合し、この物語を伝えたい」と決意しました。
カメラトラップとの駆け引き

ヤダフ氏は12台以上のカメラトラップを設置し、120日間にわたってシミリパルの森を歩き続けました。
しかし、通常のトラよりも警戒心が強いブラックタイガーは、人の気配や匂いを敏感に察知してカメラから離れてしまうといいます。
そこでヤダフ氏は、かつてのユキヒョウ撮影で得た経験を活かし、カメラを隠しながら、15〜18日に一度通過するトレイルごとに設置場所を変える戦略を取ったのです。
この地道な工夫が、ついに奇跡の瞬間をもたらしました。
「最終日からわずか2日前に、理想を超える一枚が撮れた。これはシミリパルからの祝福だと感じました」
ナショナルジオグラフィック表紙写真に
約4か月にわたる追跡の末、ヤダフ氏のカメラが完璧なブラックタイガーの姿を捉えたとき、それは彼の人生における節目の一瞬となりました。
その写真はナショナルジオグラフィック誌2025年10月号の表紙を飾り、世界中の読者の目を釘付けにしました。

「言葉では表せない感動でした。もしこのチャンスを逃しても、また10年かけて挑戦していたと思います。」
ヤダフ氏が追い続けたのは、単なる1枚の写真ではありません。
それは科学・忍耐・協働によって築かれた、自然と人との新しい関係の記録でした。
Source: nationalgeographic

Published: 2025-09-16
