トラと聞くとインドの森やロシアの雪深い森を思い浮かべる人が多いかもしれない。
けれど、かつては中国南部の山地にも、トラが暮らしていた。
南シナトラである。
現在の分類では、南シナトラは大陸側のPanthera tigris tigrisに含まれるが、一般的には今も「南シナトラ」という名前で語られることが多い。
しかし、その南シナトラは今、野生ではほとんど確認されていない。
「完全に絶滅した」と断定するには慎重であるべきだが、少なくとも、野生個体群としてはすでに成り立たなくなっている可能性が高いと言われている。
そう考えられるようになったのは、2000年代に入ってからである。
南シナトラは、どこで暮らしていたのか
南シナトラは、主に福建省、広東省、湖南省、江西省など、中国南部の山地に分布していたとされる。
そこは、湿り気のある亜熱帯の森だった。
常緑広葉樹林を中心とした、濃い緑の山地林。尾根と谷が入り組み、場所によっては霧がたちこめるような、中国南部らしい森である。

出典:Wikimedia Commons(jiang-wen-jie)/CC BY-SA 3.0
南シナトラは、そうした森の中でシカやイノシシのような獲物を追って暮らしていたと考えられている。
トラというと熱帯のジャングルを思い浮かべがちだが、実際にはかなり幅広い森林環境に適応してきた動物だ。
南シナトラは、中国南部の濃い緑の山の森に適応したトラだったのである。
いつから「野生ではほぼ消えた」と考えられるようになったのか

出典:Wikimedia Commons(Jpbowen)/CC BY-SA 4.0
転換点になったのは、2001〜2002年の大規模調査だ。
この調査では、中国中南部の5省8保護区を対象に、南シナトラの痕跡、獲物動物の状況、生息地の状態が詳しく調べられた。
けれど、野生個体の確実な証拠は確認されなかった。
論文では、見落とした1頭や少数個体の可能性を完全には否定していないものの、繁殖可能な野生個体群はもはや存在しない可能性が高いことを強く示している。 (参照:ResearchGate)
最近、南シナトラを見かけなくなったね〜というレベルの話ではない。
かなり丁寧に調べたうえで、野生個体群としては成り立たなくなっていたのではないかという段階にまで追い込まれていたのである。中国政府も2007年には、CITES に対して野生での確認された生息はないという趣旨の報告をしている。
中国の森そのものが変わってしまっていた
ここで重要なのは、トラが見つからなかったことだけではない。森そのものが、大型捕食者が生きられる状態ではなかったことだ。
2001〜2002年の調査では、保護区の多くが小さく断片化しており、山地の森はパッチ状に分かれていた。さらに、商業植林や土地利用転換が広く見られ、人や家畜がその森を利用していた。そして、トラを支える獲物動物も乏しかった。
研究者たちは、こうした条件のもとでは、たとえわずかな個体が残っていたとしても、野生個体群として維持するのは難しいと示唆している。
ここで見えてくるのは、「森が少しでも残っている」ことと、「トラが生きられる森」であることは別だという現実。
トラは、木が生えていれば生きられる動物ではない。広い行動圏、十分な獲物、人間との適切な距離、そのすべてがそろってはじめて大型捕食者として暮らしていける。
南シナトラが消えていった背景には、そうした条件を備えた森そのものが、少しずつ失われていった現実がある。
1950〜1970年代の中国で、自然はどう扱われていたのか

出典:Wikimedia Commons(Nocnyy)/CC BY-SA 4.0
南シナトラの運命を大きく変えたのは、1950〜1970年代の中国である。
この時代、中国では自然を人間が征服し、開発し、生産に役立てるべき対象とみなす発想が強かった。
毛沢東時代の中国を扱った著作は数多くあるが、その中でもJudith Shapiroの「Mao’s War against Nature」は、毛沢東時代の中国で、人間への抑圧と自然への抑圧が結びついていたこと、そして「Man Must Conquer Nature」という発想が環境破壊を後押ししたことを描いている。(参照:ResearchGate)
南シナトラも、そうした時代の中で「守るべき野生動物」ではなく、排除すべき害獣として位置づけられた。
TRAFFIC の報告によれば、中国政府は1950年代初頭から1977年まで、害獣排除の国家キャンペーンの一環として、トラの捕殺に報奨金を出していたというのだ。
長江以南の省では、この期間に約3,000頭が殺されたとされる記録が残っている。
なぜそこまでトラが人間の敵とみなされたのか。ここには、少なくとも二つの要素があったとみられる。
ひとつは、以前から家畜被害や人身被害を伴う人虎衝突が実際に存在していたこと。

出典:Wikimedia Commons(John C. Caldwell)/Public domain
もうひとつは、新中国成立後の農業生産拡大と開墾優先の国家方針の中で、トラが農村の安全や生産を脅かす存在、つまり「生産の障害」として整理されたことだ。
資料にそこまでストレートに書かれているわけではないが、野生生物取引の監視を行う国際NGO「TRAFFIC」は、南シナトラが農業開発への脅威とみなされていたと説明している。(参照:TRAFFIC)
「自然を敵として征服する」という発想の結末
国家が「害獣」と定義し、排除すべき対象とみなしたことで、南シナトラは急速に減少した。
その後、中国は保護へと方針を転じる。
1959年に希少種リスト入り、1962年に最初のトラ保護区設置、1977年に保護種指定、1988年に野生動物保護法制定と、制度面の整備は進められた。
ただし、その時にはすでに遅すぎた。
野生個体群は壊滅的に減少し、生息地の質も大きく傷んでいた。
つまり、守ろうとした時には、守るべき野生個体群も、彼らが生きられる森の条件も、すでに大きく失われていたのである。
後の中国の保全政策が、野生個体群の回復というより、飼育下繁殖や再導入構想へ重心を移していったのは、その現実の表れでもある。
一度壊れてしまったものは、あとから「守ろう」と思っても簡単には戻らない。
南シナトラの歴史は、そのことをあまりにもはっきり示している。
南シナトラから学ぶこと

出典:Wikimedia Commons(J. Patrick Fischer)/CC BY-SA 3.0
南シナトラの事例が突きつけているのは、とても重く、そしてとても単純な事実だと思う。
トラは、人間の決断や行動によって、絶滅の危機に追いやられもするし、健全に暮らすこともできる。
南シナトラは、その典型例だった。そして、この事実を、ただ悲しい事例として終わらせてはいけないと思う。
ここから学べることは何か。何を考えるべきか。そして、これからどう行動するのか。
同じことは、他のトラにも、他の大型動物にも、野生に生きている多くの種に起こりうることなのだ。

