インドのランタンボール周辺で生きるトラと、その周辺で起きている問題に深く向き合い続けてきた団体があることをご存知だろうか。
トラは広大な生息地を必要とし、人間との距離も近くなりやすい。
そのため、密猟、生息地の分断、家畜被害など、複雑な社会的課題と常に隣り合わせにある。
だからこそ、単に野生動物を守るだけではなく、「人間社会との関係ごと設計する」ことが求められる。
今回特集するのは、そんな現場の最前線で活動を続ける、インド・ランタンボールの保全団体「Tiger Watch」だ。
Tiger Watchとは?

Tiger Watchは、1997年に設立され、Fateh Singh Rathoreによって創設されたとされる団体だ。
Rathoreは元ランタンボールのフィールドディレクターであり、「人とともにトラを守る」という発想を重視した人物として知られている。
Wikipediaによると、Fateh Singh Rathoreはインドを代表するトラ保護論者の一人で、1960年にインド森林局に加わり、最初期のプロジェクト・タイガーのメンバーでもあったという。
大型ネコ科への深い知識から「トラの第一人者」として広く認められ、50年以上にわたって野生動物保護に携わってきた人物でもある。
現在の運営では、Dharmendra Khandalが2003年から活動に関わり、2011年からエグゼクティブディレクターを務めている。現場での保全活動と研究の両方を担いながら、Tiger Watchの実務的な方向性を支えてきた存在だ。
拠点はサवाई・マドプール(Sawai Madhopur, Rajasthan)に置かれている。
活動範囲はランタンボール国立公園周辺にとどまらず、Ranthambhore, Ramgarh Vishdhari, Dholpur-Karauliといった広域のランドスケープに広がっていまる。
単一の保護区ではなく、トラの生息環境全体を対象とした活動を行っている点が特徴だ。
Tiger Watchの特徴

1. トラ保護を「野生動物だけの話」で終わらせていない
Tiger Watchは、反密猟だけを行う団体ではない。
教育、地域雇用、学校での保全教育など、複数の取り組みを組み合わせながら活動している。
トラを守るという行為を、生態系だけの問題としてではなく、人間社会の構造とつながった問題として捉えているところに、この団体の大きな特徴がある。
だからこそTiger Watchは、単なる保護団体というより、「保全を社会設計として実装している団体」と言ったほうが近い。
2. 周辺住民を敵ではなく担い手に変える
Tiger Watchの中核にあるのは、「人とトラの対立構造をどう変えるか」という発想だ。
Village Wildlife VolunteersやMogya Education Programは、その象徴とも言える取り組みである。
これまで密猟や衝突の当事者と見なされてきた地域住民を、保全の担い手へと変えていく。
保護区の外にいる人々を切り離すのではなく、仕組みの中に組み込んでいく。この考え方が、Tiger Watchの持続性を支えている。
3. ランタンボールを現場の裏側で支える
ランタンボールは、世界的に知られたサファリ観光地でもある。だが、その華やかなイメージの裏側には、さまざまな課題がある。
密猟、保護区周辺での監視の不足、人身・家畜被害、教育格差。Tiger Watchは、そうした「観光では見えにくい現場」に直接向き合ってきた。
その意味でTiger Watchは、観光地としてのランタンボールではなく、「トラが実際に生きている現実の環境」にかなり近い場所で活動している組織の一つだと言える。
団体の核になる活動

反密猟
Tiger Watchのメインとなる活動の一つが、反密猟だ。
2005年、密猟情報を受けて急遽行われた現場摘発をきっかけに、反密猟活動が本格化したという。
Tiger Watchによると、ランタンボールのトラ個体群は2004年には18頭まで減少していたという。その背景には、Mogyaと呼ばれる伝統的な狩猟コミュニティの一部が関わる密猟があったとされている。
その後の活動により、累計で約160人の野生動物犯罪関係者の拘束、トラ頭骨・トラ皮1点、ヒョウ皮40点、違法武器50点、わな50点などの押収が報告されている。
こうした実績から見えてくるのは、Tiger Watchが単なる啓発団体ではないということだ。
実際に違法行為に踏み込み、現場で密猟と向き合ってきた「現場型の保全団体」としての輪郭がはっきり表れている。
▼こちらはジャーナリストJay Mazoomdaarによる、Mogyaの短編ドキュメンタリーです。日本語字幕で見られます。
参照:https://tigerwatch.net/anti-poaching/
Village Wildlife Volunteers によるトラ監視
Tiger Watchのもう一つの重要な取り組みが、周辺村落の住民を巻き込んだ監視体制の構築である。
Forest Department(インドの森林局)の手が届きにくい保護区周縁部において、農牧民を中心にボランティアを配置し、スマートフォンやカメラトラップを活用した情報共有ネットワークを築いている。
外部報道によれば、約50人のボランティアが約50台のカメラトラップを運用し、トラの移動や出現状況を継続的に記録しているという。
この仕組みの面白いところは、「トラを守る側」と「トラと共に暮らす側」を分けていないことにある。両者を同じシステムの中に入れることで、衝突の軽減と監視の強化を同時に実現している。
Mogya Education Program
Tiger Watchの活動の中でも、特に重要なのがMogyaコミュニティへの教育プログラムだ。
Mogyaは、歴史的に教育や雇用の機会が限られやすかったコミュニティであり、その生計の一部として狩猟技術が受け継がれてきた。
そうした背景の中で、その技術が密猟へとつながりやすい構造も生まれていた。
Tiger Watchはこの問題に対して、「取り締まりだけでは不十分であり、社会の中に包み込む視点が必要だ」という立場をとり、教育プログラムを開始した。
2006年に9人の子どもから始まったこの取り組みは、現在では182人規模まで拡大している。
さらに、教師が村を巡回するホームスクーリング型の教育も採用し、アクセスの難しい地域にも対応している。
この取り組みが重要なのは、密猟という結果だけを見るのではなく、その背後にある社会的な構造そのものに手を入れようとしている点にある。
Bagh Mitra Program
Tiger Watchは、子ども向けの保全教育にも力を入れている。
Bagh Mitra Programは2020年に始まった取り組みで、人と野生動物の摩擦が大きい地域を対象とした教育プログラムだ。
移動型の教育チームが学校を巡回し、授業や自然クラブ活動を通して、子どもたちに自然保護の意識を育てている。
このプログラムはランタンボール周辺だけにとどまらず、より広い景観単位で展開されている。
短期的な啓発で終わるのではなく、将来の保全の担い手を育てていくための長期的な取り組みとして位置づけられている。
まとめ

Tiger Watchは、周辺住民を敵ではなく担い手に変えてきた成功事例の一つだ。
トラ保護を「自然の問題」だけで終わらせず、「人間社会の構造の問題」として捉え、教育・雇用・監視・取り締まりを一体で実装してきた。
その姿勢は、トラを守るということが、結局は人間社会のあり方をどう設計するかという問いでもあることを教えてくれる。
ネコ科図鑑管理人としては、このような「人間と野生動物の共存」という価値観が広がっていくことこそが、トラを含むネコ科動物が生き続ける未来につながるのではないかと考えている。
私がこの団体を知るきっかけとなった「第19回JPSフォトフォーラム」の感想を書いています。こちらも是非ご覧ください!


