世界には、野生動物や自然環境を守る保全団体がたくさんあるが、「ネコ科動物に特化した保全団体」 があることをご存知だろうか。
ネコ科は、生息地の広さや獲物との関係、人間社会との摩擦など、さまざまな条件の上に成り立っている。
だからこそ、一度バランスが崩れると回復が難しいケースも多い。
今回特集するのは、そんなネコ科の保全に特化した国際団体「 Panthera(パンテラ)」だ。
Pantheraとは?

Pantheraは、世界の野生ネコ科の保全に特化した国際NGOで、自らを「世界の40種の野生ネコ科(wild cats)と、それらが生きる生態系の保全に専念する組織」と位置づけている。
野生動物の保全団体は数多いが、「ネコ科専門」という立ち位置はかなり珍しい。
Pantheraの主な活動は、大きく次のように整理できる。
- 生息地の保全・回復
ネコ科が暮らす森や草原などの生息地を守る - 生息地の分断を防ぐ取り組み
個体群が移動できる環境(接続性)を維持する - 違法行為への対策
密猟や違法取引などの脅威を減らす - 人との衝突の緩和
家畜被害などをきっかけに起きる報復殺を減らし、共存の仕組みをつくる - 調査・研究とモニタリング
個体群や脅威の状況を把握し、保全を更新する - 政策・制度への働きかけ
保全が継続するためのルールや合意形成に関与する
代表的な取り組みのひとつがJaguar Corridor Initiative(ジャガー回廊構想)だ。ジャガーの分布域をまたぐ形で、生息地の接続性を保つことを重視した保全アプローチとして知られている。
この特集では、Pantheraがなぜ「ネコ科に特化する必要」があるのか、そして彼らが具体的にどのような活動をしているのか紐解いていきたい。
なぜネコ科に特化するのか
― Pantheraの「Why Cats?」
Pantheraが面白いのは、「ネコが好きだから守る」という情緒だけで動いているわけではない点だ。
彼らは、ネコ科を「景観の守り手(landscape guardians)」と表現し、その存在自体が「健全で、まとまりのある生態系のサイン」になると説明している。
この発想は、壮大に聞こえるが、かなり実務的でもある。
野生のネコ科動物は、多くが食物連鎖の上位にいる捕食者だ。
生きるには獲物が必要で、獲物が生きるには植生や水、隠れ場が必要で、そこにはさらに多くの生き物の層がある。
つまり、ネコ科が健全に生きられる土地は、そもそも豊かで、つながりが保たれている可能性が高い。
これはネコ科が、「指標種」として機能しうることを示唆している。
※指標種/アンブレラ種/キーストーン種の考え方は別記事で整理しているので、ここでは概要だけ触れておく
Pantheraにとってネコ科を守ることは、特定の動物だけを守る話にとどまらない。
生息地のまとまりと、その先のつながりまで含めて守る。この設計思想が、Pantheraが掲げる「Connect & Protect」なのだ。
Pantheraの活動内容
ここではPantheraの活動内容の一部を紹介していく。
Jaguar Corridor Initiative(ジャガー回廊構想)

この取り組みは、Pantheraの「Connect(= つなぐ)」が分かりやすく見える取り組みである。
Pantheraは、ジャガーがメキシコからアルゼンチンに至る広大な分布域で生きるには「個体群同士が物理的・遺伝的につながっていること」が重要だとし、その接続性を保つ戦略を掲げている。

ここでの「回廊」は、必ずしも手つかずの自然だけではない。牧場や農地、集落の近くなど、人間の生活圏と重なる場所も含まれる。
具体的には、行政・地域・産業と折り合いをつけながら、通れる状態を維持するといった地道な活動の積み重ねだ。
人間と自然の共存を、理想だけで終わらせずに、かなり実務に落とし込んだPantheraの代表的なアプローチと言えるだろう。
Sharing the Planet(共存の設計)
ネコ科保全の現場において、守るアプローチは密猟対策だけに留まらない。
Pantheraは、人間の生活圏と野生ネコ科が重なること、つまり「共有された景観」を前提に、共存を成立させる方向を明確に打ち出している。
家畜被害や恐怖は、報復殺につながりやすい。現地の人間に「ネコを守れ」と言うだけでは何も動かない。
必要なのは、被害の連鎖が起きにくい仕組みを、現地の条件に合わせて作ることだ。
地域の合意形成
共存は「誰かの善意」では続かない。
放牧のやり方やゴミ管理、死骸処理、通報手順などを地域の共通ルールとして揃え、関係者の納得感を積み上げることが土台になる。
たとえば「死骸は放置しない」「被害が出たら誰に連絡する」「報復はしない代わりに補償・支援を使う」など、地域で守る最低ルールを決める。
さらに、牧畜側・行政・レンジャー・保全団体など、誰が何を担当するか(初動対応、補償手続き、囲い整備、巡回)まで役割を固定化しておくなど細かい仕組みづくりが重要になる。
被害の予防策
被害が起きてから対処するだけでは、報復の連鎖が止まりにくい。
夜間の囲い強化、放牧時間・場所の調整、狙われやすい個体(子ども・弱った個体)の管理など、「襲われにくい条件」を日々の運用で作っていく。
代表例は、夜間に家畜を入れる捕食者対策の囲い(丈夫な柵・扉・隙間のない囲い)、子牛・子羊など弱い個体を単独で放置しない運用、放牧時間の調整(夕方以降は戻す)、見張りをつける・群れをまとめるなど。
地域によっては家畜見守り犬や、簡易な照明・警戒装置が効果的なケースもある。
成功体験を作らせないオペレーション
捕食者(本記事ではネコ科動物にあたる)に「ここで獲物が獲れた!」と学習されると、同じ場所・同じ時間帯で被害が連鎖しやすい。
そこで、被害が多い地点(ホットスポット)や季節・時間帯を把握し、そこでは放牧を避けたり、警戒を上げる。
さらに、家畜の死骸を放置しない(誘引になる)、餌になり得るゴミや残飯を管理する、柵の破れや囲いの弱点をすぐに直す。こういった地道な運用で再発を防いでいる。
被害発生後の初動と補償
被害が出た直後は、感情的になり報復が起こりやすいタイミングだ。
通報→現場確認→原因の整理→再発防止策の実装、という流れを早く回し、補償や保険などの制度が機能することで「自力で報復するしかない」状態を減らしていく。
理解の共有
共存は、正しさの押し付けでは成立しない。
「被害が増えるのはどんな状況か(夜間・単独放牧・死骸放置など)」「囲いを強化すると何が変わるか」「危険な場所・時期はいつか」などを、地域の会合や簡易資料で共有していく。
被害の記録(場所・時間・状況)を残し、次の運用に反映することで、共存が精神論ではなく改善プロセスになる。
こうした活動を積み重ねながら、地域ごとの最適解を探していくのだ。
Crossing the Road Between Conservation and Tragedy(道路と分断/ロードキル)

Pantheraは、コスタリカを中心に「Wild Cats Friendly Roads」という取り組みを実施している。
コスタリカでは、道路での野生動物の死亡が深刻で、研究者は「高速道路では1時間に4頭の動物が死ぬ」と推定している。
さらにPantheraは、2012〜2022年の間にコスタリカで500頭以上の野生ネコ科が車に轢かれたというデータにも触れている(Pantheraと現地の救護施設のデータ)。
ジャガーやピューマのような大型種だけでなく、オセロット、ジャガランディ、マーゲイ、オンシラといった小型〜中型のネコ科も含め、「ロードキル」という文字通り道路が命を削る場所になってしまっているのだ。
Pantheraは、「どこで起きているか」を特定し、「通れる形」に作り変えるといった、かなり現実的なアプローチを進めている。
危険区間を可視化する
Pantheraの現地チームは道路上のロードキルを記録し、どの場所で、どの種が、どれくらい起きているかのデータを集めていく。
さらに、地域住民からの情報も集め、現場で起きている事故の実感や傾向を合わせて整理し、対策につなげている。
通れる設計に変える
場所が絞れたら、次は「野生動物が通れる形」に変える。
Pantheraは、政府機関や協働団体と連携し、大型動物向けのアンダーパスや、サル類などが使う樹上の横断路といった対策が検討・実装されていると紹介している。
さらに、対策の一環として野生動物横断の標識などが設置されてきた。 運転者の行動が変わるだけで事故が減る区間もある。
Sabi Sands Leopard Project(ヒョウの長期研究)

Sabi Sands(サビサンズ)は南アフリカの私有保護区で、ヒョウを個体識別しながら長期的に追跡できることで知られている。
Pantheraは、1979年以来の個体ごとの履歴情報や、2003年以来の膨大な目撃記録をもとに、長期研究を継続している。

この長期研究の価値は、ヒョウ個体群における「健全な状態」の目安(基準)を作れることにある。
もし別の地域でヒョウが減ってきたとき、その地域の状況が「自然な変動の範囲」なのか、それとも「何かが崩れているサイン」なのかを考える上で、重要な参照点になり得る。
Cheetah Program(チーター保全プロジェクト)

多くのチーターは、保護区内の比較的ひらけた草原で走り回って暮らしている。
ただ、彼らの行動圏は広く、若い個体が新しい場所を探して移動したり、獲物や水を追って動いたりする。
その結果、牧場や農地、道路、集落周辺といった人間の生活圏に現れる(あるいは通過する)ことがある。
チーター保全では、こうした保護区の外側で起きやすい衝突や危険(報復、罠、分断など)を減らし、保護区の内外をまたいで生きられる条件を整えることが重要になる。
人間との衝突による死亡を減らす
家畜被害や恐怖が起きると、チーターは「排除の対象」になってしまう。
夜間の囲い強化、放牧の工夫、誘因(死骸・ゴミ)の管理、被害後の初動と補償などを組み合わせ、報復や毒餌といった人間由来の死因を減らしていく取り組みを進めている。
密猟・密輸を防ぐ
チーターは違法な捕獲や取引の対象にもなり得る。
対策はパトロール強化だけではなく、どこで捕獲が起きてしまっているのか、そして捕獲後にどの経路で運ばれ、どこで取引が成立しているのかを把握し、違法行為が成立しにくい状態を作ることが重要だ。
透過性のある回廊を確保する

農地や牧場を含む景観の中で、「通れる場所」「危険な場所」を見極め、分断されないように通過できる余白を確保するという取り組みだ。
フェンスや道路などの障害がある場合は、それがボトルネックにならない形を探していく。
獲物回復
ここまで上げたような対策を講じても、獲物が不足すればチーターの生活は成立しない。
Pantheraでは、獲物側の回復や生息環境の改善など、チーター保全の土台となる活動も進めている。
Small Cats Program(小型ネコ科保全プロジェクト)

Pantheraは「世界40種の野生ネコ科のうち33種は小型ネコ科」である一方、多くの小型ネコの生態や脅威は十分に分かっていないと明言し、2018年にSmall Cats Programを立ち上げた。
小型ネコ科は、基本的に夜行性の種が多く、森林や藪の奥に潜み、出会える機会自体が少ない。結果として、個体数の推定も難しく、何が脅威になっているのかも掴みにくい。
その結果、数が大きく減ってから危機が可視化されるというリスクがある。「危機になってから守る」では遅い。
「Small Cats Program」は、見えにくい段階から目を向け、データと仕組みで守る発想を明確に打ち出している。

研究不足そのものがリスクになる
データがなければ、危機が進行していても気づきにくい。
保全の優先順位もつけられず、対策の設計もできない。Small Cats Programは、この空白を埋めることを出発点にしている。
生態と分布を把握するために
小型ネコ科は、同じ森の中でも、種ごとに生息環境が異なることもある。
だから、どの地域にどの種がいるのか、どんな場所を使っているのか、活動時間や獲物など基本情報を積み上げていくことが、保全の土台になる。
たとえばPantheraは、国をまたいで広い範囲に分布しているアフリカゴールデンキャット、ジャガランディ、サーバルなどが「どこに、どれくらい、どんな条件で生きているかの全体像」を作る活動(range-wide assessment)を進めていると紹介している。
また、マレーシア・ボルネオでの大規模サーベイでは、カメラトラップで5種の野生ネコ科が撮影されたと発表しており、生息地の把握を進めていることが分かる。
脅威を特定するために
生息地の破壊や分断、罠、違法取引、道路、感染症、家畜や外来種との関係など、小型ネコ科が直面するリスクは多様だ。
重要なのは、地域ごとにボトルネックとなる脅威を特定し、対策の焦点を合わせることにある。
- カメラトラップで生息地を地図化する
- 罠(スネア)や違法活動の痕跡を数える
- 地域聞き取りで「何が起きているか」を補完する
- 違法取引の流通を調べる
- ロードキル記録から問題となる道路を特定する
などかなり地道な活動となる。
資金と関心の偏りを補正する
保全資金や注目は大型ネコに集まりやすい。
Small Cats Programは、その偏りを前提に、小型ネコ科の研究・保全が動き出すように支援の流れを作る役割も担っている。
PantheraとIUCN Cat Specialist Groupとの関わり

Pantheraは、IUCN(国際自然保護連合)のCat Specialist Group(CSG) の活動に「密接に関与している」と自ら述べている。
具体的には、Pantheraの科学者がCSGのエキスパートメンバーとして関わり、ビッグキャットだけでなく小型ネコ科も含めた評価に貢献しているという。
IUCNレッドリストの評価は、絶滅リスクを世界共通の基準で整理し、保全の優先順位や資源配分の判断材料になる。
さらに彼らは、2022年にトラの種全体のレッドリスト評価をリードしたとも説明しており、評価・基準づくりの側にも関与していることが分かる。
Pantheraは「現場で守る」だけに留まらず、何を危機とみなし、何を優先して守るべきかという保全の土台づくりにも関わっている団体であると言えるだろう。
Pantheraの活動を応援する方法
ここまで、Pantheraの活動内容を深掘りしてきた。
この記事を読んでいる方の中にはネコ科保全に関わりたい気持ちがある人もいるかもしれない。
しかし、Pantheraの活動範囲はかなり大規模で多岐にわたるため、自分には力になれないのでは…と感じてしまった人もいるかもしれない。
ここからは、Pantheraの活動に私たちがどのように関わっていけるかといった、もう少し身近な話ができればと思う。
私たちにもできること

❶ 寄付をする
Pantheraに寄付されたお金は、野生ネコ科を守るための科学調査、種の回復、生息地の修復、地域との協働といった活動を回す基盤になる。
またPantheraは、年次レポートに加え、監査済み財務諸表やForm 990を公開しており、活動と資金の流れを外部から追える形にしている。
2024年の年次レポートは、こちらから確認できる。→Annual Reports and Financials
❷ 正しい知識をつける
Pantheraが扱うのは、国境をまたぐ回廊保全や、人の暮らしと重なる地域での共存設計など、複数の条件が絡む問題だ。こうしたテーマは、前提知識がないと「これさえやれば解決」という万能策で考えたり、「悪者は誰か」といった論点に傾いたり、状況を雑に単純化してしまいがちになる。
レッドリストの見方、回廊の考え方、生息地の分断、共存の仕組みづくり。こうした基本を押さえることで、Pantheraの取り組みの見え方が深まっていくだろう。
ネコ科を取り巻く問題を構造として理解できる人が増えることは、保全を正しい方向で進める力となる。
❸正しい情報拡散
「Small Cats Program」でも触れた通り、多くのネコ科動物の生態や脅威は十分に分かっていないとされている。
情報拡散は、寄付や研究の入口を広げ、データ不足を埋める力になりうる。
❹現地エコツーリズムに参加する
Pantheraは「人と野生ネコ科が共有する景観」を前提に、共存を成立させる方向を打ち出している。
もし現地を訪れる際には、野生動物に負荷をかけない観察・撮影方法(距離、追い回さない、餌付けしない等)を選び、地域に利益が残る形を支持することが、共存の土台を崩さない支援になる。
同時に大事なのは、悪質なところに行かない/お金を使わないという選択である。たとえば、過度な接近・餌付けで撮影を成立させるツアーや、ルールを軽視する事業者だ。
自然保護区やレンジャーのルールを守り、地域コミュニティに収益が還元される仕組みがあるツアー・業者・施設を選択しよう。
まとめ|ネコ科を守ることは、世界のつながりを守ること

Pantheraが守ろうとしているのは、ネコ科動物そのものだけではないことは伝わったでしょうか?
彼らを守ることは、森や草原、そこに暮らす動物や植物、そして環境そのものを守ることにつながっていく。
Pantheraの「Connect & Protect」は、この考え方を現場レベルに落とし込み、地道な積み重ねで成り立っている。
ネコ科図鑑では、Pantheraの最新情報やニュースを追いかけながら、この活動を応援していきたい。

